横浜嚥下研究会

嚥下訓練への過度な期待

今日は、嚥下訓練への過度な期待をリハビリテーション病院に勤務するSTの立場からお話しさせて下さい。

【はじめに】

超高齢社会へ突入し、肺炎が本邦死因3位になったのは記憶に新しい。
それに合わせ、嚥下障害や胃瘻のトピックスが頻繁にメディアで取り上げられるようになった。中でも嚥下訓練はポジティブな印象を与える紹介が多い。
その内容としては、食べられなくなった人たちへ嚥下訓練をすることで改善が見込め、少しでも口から食べることが出来るようになったと紹介される。
そして成功例として胃瘻から離脱し、3食常食摂取話が美談のように語られている。
嚥下訓練の有用性は誰もが認めているし、管理人も連日行っている。
最後まで『美味しい』という言葉を聞きたいし、何より食べることはQOLに直結するだけでなくADLの拡大にも繋がる。
だが、最近余りにもトラブルケースを経験し過ぎていささか嚥下訓練というワードに疲弊させられている現実がある。

【嚥下訓練を取り巻く実状】

嚥下訓練を取り巻く状況を整理するため、はじめに嚥下障害患者自体がどの程度いるのかを把握しようとネット検索した。
しかし全国的な実数を把握しているデータは見つからなかった。才藤らがそれに近いデータを報告(図1)[1]しているが、実数把握迄には到っていない。地域的なものとして北海道で報告が出ていたが、嚥下障害者数は3万5千人となっている[8](図2)。北海道の人口は547万人なので0.6%という値だった。
ここからは勝手な推測だが、日本人口1億3千万人のうち23%が高齢者と考えられている[1]。
約2700万人という高齢者のうち、北海道の0.6%という値で計算すると約16万人が嚥下障害といった算出になる。

図1.H24.摂食嚥下障害に係る調査研究事業報告より抜粋
図2.北海道における摂食嚥下障害患者の推計

次に更なる推測のため嚥下障害と因果関係がありそうなデータを検討した。一番わかりやすいものは厚労省の人口統計平成25年死因別(図3)であり、肺炎は約12万人弱の死亡者数となっている[2]。

図3.厚労省平成25年人口統計より(一部修正)
図4.ファイザー製薬特設サイトより抜粋

さらに寺本の報告(図4)[7]によれば、肺炎入院患者の6割以上が誤嚥性肺炎と考えられている。
この考えを踏襲するとH25の場合、誤嚥性肺炎死亡が約7万人と推測される。
7万人すべてが嚥下障害ではないだろうが、相当数は嚥下障害と見込まれる。
次に同統計にてCVAも約12万人の死亡者数となっており、嚥下障害の多くを生み出すCVAをフォーカスした。
CVAの状況を厚労省平成23年調査[3]で確認すると、入院172万人、外来111万人という結果になっている。
年間では約40万人が発症するといわれ、慢性期まで嚥下障害と誤嚥が残存するのは5%と考えられている[4]。

総数約280万人というCVA患者の5%で見積もっても14万人という嚥下障害患者数になる。
また、全国病院協会の平成23年胃瘻造設者調査では約26万人というデータが示されている[5]。胃瘻=嚥下障害とはいかないが、7-8割は嚥下障害と見積もっても約20万人といった値が推測される。

以上より、各データの平均値をとると本邦の誤嚥を有した嚥下障害患者数(DSS分類1-4)は推定15-20万人と思われる。

★あくまでも管理人の勝手な推測なので笑って頂いて構いません。

次にその嚥下障害患者を評価訓練するSTの状況を確認すると、H26で約2万4千人の合格者数となっている。
だが、都道府県別でみると明らかに合格者数とはケタ違いに程遠い登録数となっている(図5)[6]。
もちろんST協会に絶対入る義務がないので登録していないSTが沢山いるのだろうが…

図5.日本言語聴覚士協会HPより抜粋
図5.日本言語聴覚士協会HPより抜粋
図6.厚労省H20.医療従事者数

厚労省がH20に医療従事者数を調査していたが(図6)、STは9千人を下回っている。
都道府県別のST登録数と厚労省の調査とは人数がほぼリンクしているので、こちらが実状とみるべきだろうか。さらに追補としてSTの養成は年間2千人を下回るので今後もマンパワーとして充足されることはないだろう。
この先高齢者は増える一方なので、一人あたりのSTにかかる期待と負担は今より更に大きくなることが予想される。

【嚥下訓練への有識者たちの見解】

才藤は医療療養病床においてDSS1、DSS2の患者層が74%であり、嚥下障害患者の持つ厳しい現実を伝えている(DSS1は経口困難、DSS2は専門施設による厳密な管理下の嚥下訓練)[1]。
田山は嚥下訓練は万能ではなく、適応と限界を把握した上で実施すべきとしている[9]。熊倉はニーズとサービスのギャップ、嚥下訓練への誤解を述べている[10]。
またMindsの耳鼻咽喉科嚥下障害ガイドラインでは、嚥下訓練のエビデンスレベルは決して高くないと結論づけており、嚥下訓練は医療従事者の経験に基づいた臨床が行われていることを説明している[11]。
その他、最近興味深い報告が百崎による本邦6万オーバーのn数を集めた誤嚥性肺炎後の経口予測因子というstudy[12]である。
このstudyは誤嚥性肺炎後摂食嚥下障害のため6割しか完全経口摂取に戻ることが出来ないと結論づけている。

【入院時におけるインフォームドコンセント】

急性期病院では肺炎治療に対してのアナウンスがあったとしても、根本的な問題であるfrailty、サルコペニア、繰り返す可能性のあるNHCAPへの対応が悪い。
入院時のタイミングで今後の展望を示して貰えないとそれらの患者を後々に受け入れる後方施設は方針で難渋してしまうのである。
百崎の報告[12]を用いて入院時にしっかりとしたインフォームドコンセントを行うべきである。その時に嚥下訓練が決して万能ではないことを改めて強調しておくことが後々要らぬトラブルを招かないで済むと管理人は考えている。

【患者や家族教育が必要】

病院に来れば必ず治る、訓練をすれば良くなるという勝手な思い込みをしている患者、家族が最近とても多い。
リハビリテーションという言葉は一般的にポジティブな用語として捉えられているから、尚更リハビリテーション病院への期待は強いのだろう。
例えば経口どころか嚥下訓練の適応さえないターミナル症例の家族から『いつになったら食べさせてくれるのか?この病院は何もしないじゃないか。
嚥下訓練はどうした』という言葉を聞くあたり、患者の病状認識が全く出来ていないのが伺える。
前述のインフォームドコンセントに通ずる話だが、急性期の時点で今後の栄養管理がぼかされているのが大きな原因だろう。
その時点でのアナウンスから患者や家族への教育をしていかないと次々とモンスターが生まれてくる。
また、国としてもターミナルの時期、いわゆる寿命を受け入れてもらうような体制(例えばリビングウィル)を真剣に取り組むべきなのではないか。

【管理人の個人的見解】

嚥下訓練をすれば嚥下障害が必ず治る、もしくは改善するかのような認識、期待のされ方を患者、家族、さらには医療従事者さえもしている。
そのような間違った認識、期待をされているため、STは訓練適応のないような症例にまで手厚くリハビリテーションを求められてしまっている。
確かに一患者、家族としての立場で考えれば訓練適応があるとか無いとかは関係のない話で、とにかく治りたい、治ってもらいたいなのだろう。
私も祖母が胃瘻だったので、経口不適応となった一家族としての心情は理解しているつもりである。
その一方、国から正式にSTという免許を頂いている以上嚥下のプロフェッショナルに徹するべきであり、すべては科学で説明を付けるよう耳鼻咽喉科医から教育されてきた。
嚥下障害として科学的根拠を明確に示され、経口不適応とジャッジされている者に嚥下訓練をすれば少しでも食べられる、胃瘻を入れたら少しでも食べられるようなアナウンスは明らかにナンセンスだ。
臨床では治療、訓練に対して反応する可逆的な症例と治療、訓練に反応しない非可逆的な症例が存在する。
それを明確にするために評価があり、その評価を裏付けるのが経過である。
つまり私自身いきなり評価でバッサリと『経口は無理!』と言っている訳ではなく、最低限の評価期間を設定し、臨床経過を加味して経口の適応、不適応を判断している。
不適応を決める因子としては①コンディション(内科的安定性の欠落)②唾液誤嚥(嚥下機能低下)③摂食障害(精神機能低下)④既往(NHCAP、CVA、CHF、COPD、DM、dementia)⑤呼吸機能⑥ADLである。
ここで不適応と判断した症例への介入抵抗、難色を示すことは間違っているのだろうか?
このような症例に介入するから医療経済がオカシクなるのではないのか。
仮に介入して肺炎を発症させた場合、DPC導入の病院で1日あたりの入院費用は4万9千円と算出されている[13]。
また、家族がクレーマーだと嚥下訓練不適応症例が一瞬にして適応ありになってしまうのはいかがなものか?倫理的に認められないと判断されたものがクレームの一つで覆される現実。本来ならセカンドオピニオンを探すか、もしくは在宅にて家族の責任で行うべきであろう。
適応を決めているものが科学的根拠でないのなら私たちが学び、実践している医学はいったい何なのか?
このような解決することのない大人の事情に疑問を抱きながら日々臨床を続けている…

【臨床の立ち回りはどうすべきか】

例えば前述した中で才藤が医療療養病床の実に74%がDSS1-2と報告しているが、正に今のリハビリテーション病院の状況に当てはまる。嚥下障害としての重症度が高く、かつ内科的安定性のないDSS1-2は正直なところ嚥下訓練の適応が低い、もしくは無いと言わざるを得ない
。誤嚥=肺炎の可能性が高い症例なので嚥下訓練(間接訓練)に頼らざるを得ないのだが、元々エビデンスレベルが決して高くないものを用いてDSS1-2を相手にするのは分が悪い。
費用対効果を考えれば、STはDSS3-4をトリアージして嚥下リハをすることが一番効果が期待出来るだろう。ただし、DSS1-2を相手にしないといけない現実があるので、嚥下精査を行い問題を明確にした上で、本人家族へインフォームドコンセントを行う。
そこで訓練期間を明確に設定し(私の場合1か月)嚥下訓練を実施するが、効果のない場合は合併症予防としての介入(口腔ケア)に切り替えることを伝えておく。
これが今のところ管理人の経験として一番トラブルのない大人の立ち回り術である。

【引用参考文献】

[1]H24.摂食嚥下障害に係る調査研究事業報告
http://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/roken/cl_hokoku1_23.pdf

[2]厚労省平成25年人口統計
[3]厚労省平成23年患者調査
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/11/dl/01.pdf

[4]日本脳卒中学会 嚥下障害
http://www.jsa-web.org/jsanews/jn7/jn7a.html

[5]胃瘻造設高齢者の実態把握及び介護施設・住宅における管理等のあり方の調査研究
http://www.ajha.or.jp/voice/pdf/other/110416_1.pdf

[6]日本言語聴覚士協会
https://www.jaslht.or.jp/trend.html

[7]誤嚥性肺炎・オーバービュー:寺本信嗣
日胸臨,68:795~808,2009
[8]要介護高齢者に対する摂食嚥下障害対策実態調査報告書
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/kth/kak/grp/03/HOUKOKUSHO.pdf

[9]嚥下訓練の解説
http://medical.itp.ne.jp/byouki/150644C01/

[10]摂食嚥下訓練の実際と問題点
http://www.reha.med.tohoku.ac.jp/modules/xfsection1/download.php?fileid=5

[11]Minds嚥下障害ガイドライン:耳鼻咽喉科
http://minds.jcqhc.or.jp/n/medical_user_main.php

[12]Predictive factors for oral intake after aspiration pneumonia in older adults.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/25953259/

[13]70歳以上の高齢者の誤嚥性肺炎に関する総入院費の推計値
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg/28/4/28_366/_pdf

[14]EARLの医学ノート
http://drmagician.exblog.jp/17952287

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