横浜嚥下研究会

誤嚥取扱説明書

はじめに
『誤嚥は絶対に防げません』
これは、私が臨床で関係するすべての人たちに伝えているフレーズです。赤ちゃんからお年寄りまですべての人間は誤嚥をします。でも誤嚥したからといって必ず「肺炎」にはなりません。しかし、臨床では「誤嚥」が「肺炎」に繋がる方も多々いらっしゃいます。その差はいったい何なのかが管理人の臨床テーマでもあります。また、誤嚥を評価することはとても難しく、私がみているものは氷山の一角だと考えます。

今日は少しでも皆様のお役に立てるよう「誤嚥」を私なりの臨床経験から紐解いてみようと思います。

【誤嚥】

食べ物や飲みものを飲み込む動作を「嚥下(えんげ)」、この動作が正しく働かないことを「嚥下障害」といい、食べ物や飲み物、胃液などが誤って気管や気管支内にはいることを「誤嚥」という[1]

【気道防御反射としての咳嗽反射と嚥下反射】

呼吸路と食物路を扱う咽頭(特に下咽頭)、下気道の入り口の喉頭は乾燥を防ぐために適度に湿っているものの、常に異物がなく、衛生が保持されている領域である。一時的に分泌物や食物といった異物が咽頭喉頭の一部を占拠したとしても、気道防御反射である咳嗽反射と嚥下反射によって異物除去を行い、クリーンな状態を保つ[2]

【気道防御反射の阻害因子】

気道防御反射としての咳嗽反射、嚥下反射が障害される原因として最も多いのはCVAである。本邦は年間約40万人がCVAを発症すると言われ、そのうち5%に誤嚥が残存すると報告されている[3]

CVAによる嚥下障害の病態分類は、①「皮質・皮質下型」②「基底核型」③「脳幹型」の3タイプに分けられ[3]、このうち②はドーパミンを源とするサブスタンスpの減少により気道防御反射が低下すると考えられている。[4]

【誤嚥の分類】

誤嚥は大きく分けて、3パターンに分類出来る。1つ目は摂食場面における誤嚥、2つ目は夜間睡眠時の分泌物による誤嚥、3つ目は逆流による誤嚥である。誤嚥性肺炎だからといって摂食由来だと思ってはいけない。

①摂食場面における誤嚥

様々なタイミングで起き得るが、それを明確にしてあるのがlogemannの定義した嚥下前誤嚥、嚥下中誤嚥、嚥下後誤嚥である。耳鼻咽喉科領域では、前咽頭期型誤嚥、喉頭挙上期型誤嚥、喉頭下降期型誤嚥という表現になる。嚥下前(前咽頭期型)は、口腔内保持が不十分であることで早期咽頭流入により起こる。口腔領域のオペ、認知症でみられる。嚥下中(喉頭挙上期型)は、stageとphaseのズレや喉頭閉鎖不十分により起こるものである。CVA後によくみかける誤嚥であり、最も頻度が高い。よく臨床で耳にする嚥下反射惹起遅延による誤嚥は嚥下中である。嚥下後誤嚥(喉頭下降期型)は食道への押し込みが悪く、咽頭残留が原因の誤嚥である。今まで問題なく食べていた高齢者が入院によって突然食べられなくなったという話はよく耳にするが、ほとんどはこの嚥下後誤嚥のタイプを呈すると私は考えている(元々の基礎疾患、フレイルや原発性サルコペニアといったものがベースに存在しており、入院を契機に二次性サルコペニアが被った結果とみている)。[5,6]

②夜間睡眠時の分泌物による誤嚥

荒井らによると、老人病院に入院するCVAを持たない65歳以上の高齢者70名のうち15%(10名)が夜間の不顕性誤嚥が証明されたことを報告している[7]。夜間睡眠時の嚥下に関して佐藤らによると、睡眠が深くなればなるほど嚥下回数は減少し、咽頭食道クリアランスは低下するという[8]。つまり、睡眠時は梨状窩に分泌物が貯留し、垂れ込まれるという現象が容易に推測される。寝起きに下咽頭喉頭周囲の違和感を感じ、痰を喀出する『カーッ、ペッ』(表現が稚拙で申し訳ない)という動作を誰もが経験していると思う。あの痰は、睡眠中の口腔咽頭乾燥と睡眠時の嚥下回数減少が原因で起きている分泌物の貯留と不顕性誤嚥の集合体と私は考えている。

③逆流による誤嚥

私は臨床的にかなり頻度の高いものとして認識している。芦川らによると、PEG造設前後の誤嚥性肺炎とGERDおよび食道裂孔ヘルニアの存在には有意差があるとしている[9]。また、六君子湯投与群における誤嚥性肺炎の減少[10]、クエン酸モサプリド(ガスモチン)投与群における誤嚥性肺炎減少[11]のstudyは逆流を抑制したからこそのデータだと考える。

【外科的操作が原因の誤嚥】

緊急時の挿管、心臓、肺、食道といった胸部のオペでは迷走神経への外的な操作により、結果として声帯マヒによる声門閉鎖不全が出現する。声門閉鎖不全が起こると胸腔内圧は低下し、痰の喀出不良という悪循環に陥る。声帯マヒと誤嚥の合併率は10%程度と報告されている[12]

【薬剤性嚥下障害と誤嚥】

元々嚥下障害のない症例でも、薬剤をきっかけに嚥下障害は起き得る話である。例えば抗精神病薬、抗不安薬、抗けいれん薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、睡眠薬は摂食嚥下障害が報告されている[13]。特に投与後1週間以内の嚥下障害の発現、発現後は回復まで2週間かかり、合併症のリスク管理(薬による食欲不振、それに伴う低栄養と脱水、呼吸器合併症)は必須となる。また、パーキンソン病薬は症例ごとに効果のバラツキが高いため、誤嚥や低栄養脱水に繋がる可能性がある。下手に切ると悪性症候群への発展もあるだけに厄介な疾患の一つといえる。

自験例ではCPA後脳症のケースがある。臨床的にてんかんを疑いバルプロ酸(デパケンR?)が投与された。投与直後のVFではニ相性食物以外は誤嚥なし。経口は十分可能と判断して食事を開始した。しかし、バルプロ酸投与後1週間ほどでムセが目立つようになり経口が進まない状況に陥った。そこでレベチラセタム(イーケプラR?)に変更したところ数日で経口状況が好転し、1食は経口摂取可能となった。別のケースでは、誤嚥性肺炎にて入院され、嚥下評価上は経口摂取可能と判断。一週間ほど経口訓練を続け、順調な経過だった症例がいた。入院8日目に夜間不穏になり、翌日も落ち着かず。当直医指示でリスペリドン(リスパダールR?)が投与された。10日目の経口訓練でムセが目立つようになり、一時的に経口中止。リスペリドンをやめ、数日末梢で凌いでから嚥下評価をすると経口可能となった。これらは、状況からみて薬剤性だったと考えている。

【誤嚥性肺炎の場合 私なりの考え方】

誤嚥性肺炎と診断された症例において嚥下障害を証明出来ない症例群が存在する[14,15]。私自身、これらの症例群は臨床的評価と観察を強化することが大切であると若手に説明している。

まずは、う蝕、歯周病、口腔内汚染や咽頭汚染といったものが原因の誤嚥を考える。当然ながら歯科医師による診療は不可欠になってくる。

次にGERDや食道裂孔ヘルニアの既往、消化管のオペ、酸性口臭の存在とリトマス紙による簡易試験、う蝕(胃酸逆流による)、食中後のゲップの多さ(ゲップの多さは消化管が不健全と考えている)、嗄声(咽喉頭酸逆流症)、臥床中の突然の咳を複数回確認、経管ならフラッシュ後のtube内栄養剤逆流、経管投与前にカテチで引く(前回の栄養剤がまだ胃内に停滞している)、などを私は実践している。更に嚥下障害は証明出来なくても、朝一のリハ介入、日中入眠中の介入で下咽頭の分泌物が多い場合は不顕性誤嚥を疑う。ティッシュの使用頻度は一つの目安かもしれない。

また、VFでは正面像において食道停滞、食道内逆流、胃食道逆流の観察を行い、時に胃からLESにかけて徒手的に腹圧をかけている。座位姿勢をピシッと背筋を伸ばすように指示したり、立位にすることで通過は改善されることがある。先日は腰のコルセットをしている症例がコルセットを緩めるだけで食道通過が良くなるという経験をした。更に臨床的に強く逆流を疑っている時は、透視台に乗せて仰臥位、低頭足高の姿位をとらせることも行なっている。杉浦らは逆流の評価に腹臥位が有効と報告しており[16]、私も腹臥位をケースによっては導入してみたいと考えている。

【引用参考文献】

[1]日本呼吸器学会
[2]気道防御反射と麻酔
[3]日本脳卒中学会嚥下障害
[4]中枢性嚥下障害と画像所見
[5]リハビリテーション栄養とサルコペニア
[6]耳鼻咽喉科領域における年齢変化
[7]高齢者の脳疾患と誤嚥性肺炎
[8]睡眠中の嚥下と呼吸
[9]経皮内視鏡的胃瘻造設前後での肺炎と胃食道逆流症の関連についての検討
[10]高齢者の誤嚥性肺炎予防に関する漢方薬の有用性
[11]高齢者肺炎・誤嚥性肺炎
[12]反回神経麻痺における誤嚥
[13]薬剤による摂食嚥下障害の実態調査と危険因子の分析
[14]摂食嚥下リハビリテーション
[15]高齢者の誤嚥性肺炎
[16]高齢者の咽喉頭違和感と食道クリアランス能の異常との関連

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