横浜嚥下研究会

誤嚥性肺炎に対してのSTの見解

近年、誤嚥性肺炎を契機に経腸栄養管理、IVH管理となる症例は後を絶ちません。
経管、CVが入る前後に主治医から嚥下評価の依頼を受ける確率が一番高いのはSTですよね。今日はそんなSTの立場から個人的な誤嚥性肺炎への見解を述べたいと思います。

【誤嚥性肺炎への見解】

誤嚥性肺炎は、細菌を誤嚥することで肺内にて菌の増殖が起こり発症する。
主に口腔咽頭に存在する菌を含んだ唾液や胃酸の誤嚥が原因と言われており、原因菌は嫌気性菌が多い。
この考え自体は正しいと思うが、普段私たちがみている水分食物誤嚥はどのように考えるべきなのか?この表現だと水分食べ物の誤嚥は問題ないのか?

食べ物自体無菌ではないし、口腔内で咀嚼すれば常在菌が混ざり合う。
咽頭を通過する時にもコロニーからの菌が付着するだろう。
水分は一度でも口をつければ菌は混入する。
また、食物自体も毒性が強ければ誤嚥することで問題となるだろう。

未だ何をどれだけ誤嚥すると身体にとって問題が発生し易いというのは正確にわかっていないが、嚥下を扱う専門家ではタンパク質を一つの答えにしている。
タンパク質を豊富に含んだ食塊を誤嚥することで、菌の培地となり、結果誤嚥性肺炎を発症させ易いというものだ。
私自身も臨床経験上、タンパク質含有量は常に考慮するファクターである。また、タンパク質含有物は咽頭通過時に付着性が上がってしまい、残留の原因になり易いので誤嚥を生み出す可能性が高い。

ある医師は誤嚥を『良い誤嚥、悪い誤嚥』と表現している。
要はムセがあるのが良い誤嚥、無いのが悪い誤嚥という言葉遊びをしているのだが、誤嚥は明らかに有害であり、このような表現は混乱を招くので臨床で使うことは避けるべきである。

用語においても現場レベルでは様々な表現があるので、理解しておく必要がある。
例えば、夜間の唾液誤嚥をmicro aspirationという先生もいれば、silent aspirationという先生もいる。
また、唾液誤嚥をsaliva aspirationと表現する先生もいる。私たち現場で働くSTにとっては用語が統一されていることが望ましいが、まだ当分先だろう。

次に、リハ科と耳鼻咽喉科における誤嚥のタイミングを表す用語は違っているが、両者共に喉頭運動の状態に合わせている(全く同じことを言っているので表現はどちらでも構わない)。

リハ科は嚥下前誤嚥、嚥下中誤嚥、嚥下後誤嚥という表現を用いており、これは一般的に聞きなれている用語だろう。
また、嚥下と嚥下の間の時間が開いていてその時に誤嚥することを嚥下間誤嚥として扱うこともある(VF上は咽頭にコーティングされたものが唾液でジワジワと梨状窩に少しずつ溜まっていき、披裂切痕を染めていく感じか。
嚥下後誤嚥に近いが咽頭残留としては正常範囲なのでこのような表現になる。VF中の照射時間が嚥下毎にパッパッ切るようなところだとこれは拾えない。嚥下と嚥下の間が何秒以上といった定義がなされていないので感覚的なものになってしまっているが…)。

耳鼻咽喉科は喉頭挙上期型(狭義には嚥下前を前咽頭期型、嚥下中を喉頭挙上期型としている)、喉頭下降期型、混合型(喉頭挙上期型、喉頭下降期型の混合タイプ)、不全型(嚥下反射が起きない、ほぼ起きない)といった表現を用いている。

耳鼻咽喉科の表現の方が聞きなれないかもしれないが、知っておくべき用語である。

silent aspirationは未だ国際的な定義が存在していない用語である。

ムセの有無によってこの言葉を用いるが、厳密な区別は難しい。日本摂食嚥下リハ学会は、誤嚥した瞬間にムセがあるか、遅れてムセるか、10秒以上経ってもムセが無いの3段階で評価している。
私の場合も基準自体は同様だが、例えばVFサマリーには『少量の嚥下中誤嚥を認め、誤嚥時にムセは即時出現しなかった。
20秒ほど見守ったところでムセが出現しており、silent aspirationが混在していることが見受けられる。また、そのムセに力はなく誤嚥物を喀出出来なかった』といった記述になる。ムセは非常に評価が難しい…

誤嚥性肺炎は繰り返すことが知られている。
その都度抗生剤治療を繰り返すことで耐性菌リスクも上がり、治りにくい状態を作り出す。
その他性差リスクがあり、男性の方が罹患し易いと言われている。
また、年齢70歳以上から誤嚥リスクは高まることが報告されており、各年代別の死因でみると高齢者肺炎は常にトップ3に君臨している。

近年は私たちが普段扱っている高齢者の肺炎症例をよりフォーカスし、日本呼吸器学会から市中肺炎と院内肺炎の中間ともいうべき、医療介護関連性肺炎(NHCAP)という概念を提言、ガイドラインを出している。
ただ、現場レベルでは内科医師たちに浸透していない印象が強い。
また、ある呼吸器内科医に言わせればNHCAPは抗生剤の使い方に疑問が残るらしい。
特に広域推奨をしかねないという指摘がなされていた。さらに薬以外の部分への考え方や対応(例えば嚥下障害)が必要であるとのことだ。

今後もNHCAPは増え続けることが予想され、それに伴う医療費増大は避けられない。
そこで国は診療報酬を改訂することで胃瘻への締め付けを行い、無意味な胃瘻造設に抑制をかけているようだ。
更にマスコミが胃瘻の功罪を定期的に報道することで、胃瘻への誤った認識をする患者家族が増えてしまっているのも問題である。

『胃瘻を入れたら人生の終わり』のような表現をする家族は数え切れない。その煽りを受け、経鼻経管栄養管理、IVH管理が増え続けている現実がある。

国は何をしたいのか?医療費を抑制したいなら寿命への理解をもっと国民に問いてみるのはいかがだろうか。終末期にお金をかけ過ぎているのは日本だけという話はなかなか知られていないのかもしれない。看取りは決して悪いものではないのだから…

急性期の立場でみると経営の観点からは在院日数短縮が課題である。

特にDPCを導入しているところは早期退院させないと赤字になってしまうのは誰もがわかっている。NHCAPは在院日数を大きく引き延ばす病態だけに経営サイドとしては早くリリースしたいのが本音だろう。

出来ればNHCAPは入院の受け入れを拒みたいかもしれない。また労力の割に見返りが少ないボランティア領域ともいえるので収支度外視をどれだけ経営陣が耐えられるか、地域貢献を重視しているかが問われるところである。

早期経口摂取は在院日数短縮へのキーワードといえるが、NHCAPのような病態を急性期が今後どのように扱うのか動向を見ていくべきだろう。

臨床面では急性期に在籍していたSTとしては、いかにコンディションを見極めるかが嚥下においてのポイントであることを呼吸器内科医から学んだ。

繰り返した評価によってコンディションの高い部分を選ぶ眼が必要になってくる。

それに合わせて経口を仕掛けるタイミングも重要であり、安易に病棟へパスすることが致命傷になることも少なからず経験している。

急性期のSTはタイミングや流れを読む感覚を身に付けることが望ましいだろうが誰もが身につけることは出来ない…

回復期病床や老健といった後方施設の立場でみると、急性期から無理な経口で患者が転院してきてしまう現実がある。

ここを修正すると必ずといっていいほど、家族に『前の病院では食べれていたのに、この病院(老健)はいったい何なんだ!』とお叱りを受けてしまう。

事情を説明しても理解を得られるのは少なく、バイタル異常やL/D上昇によって始めて矛を収めることが多い。

ここから再度コンディションを作り直して経口に戻すのは、とても時間がかかるし、そもそも戻らないことも多い。結局患者本人、家族、医療スタッフ全てが疲弊させられてしまうだけなのだ。

肺の機能面でいうなら気管表面には線毛が無数に存在している。

普段は線毛運動にて分泌物を口側へ運ぶのが仕事だが、一旦肺炎に罹患し線毛が障害を受けると当然仕事量は低下してしまう。つまり肺炎罹患をすると気管表面はボロボロになってしまい、その表面が修復されるまでに半年近くかかるとまで言われている。

誤嚥性肺炎のように繰り返されると本来の機能はいつになったら取り戻されるのだろうか?と疑問を抱く。

ただでさえ回復の悪い印象が強いのに…
出来れば急性期から今後の展望を含めた経口へのアナウンスを十分に行なわれていることが一番望ましい。
もしも十分なアナウンスが出来ないのなら何もせずに経鼻経管で来てくれた方がはるかに良い選択肢といえる。
中途半端に食べさせられてしまうと後方施設がババを引かされてしまうのは経験するところである。

療養病床も最近は亜急性期病態が多く転院してきており、その中に誤嚥性肺炎後は相当数含まれている。
現在の療養は回復期に近くなっており、前述した内容は同様に経験するところである。

【上述に対して…】

STは少しでも医療費削減に寄与し、繰り返す誤嚥性肺炎を防げるよう誤った評価を行ってはいけない。ある先生の話だと誤嚥性肺炎における一回あたりの入院費用はレセプト上70万円とのこと。評価をミスし、誤嚥性肺炎を再燃させることは赤字を増やし、結果経管やIVH管理といった結末を増大させてしまう(IVH管理は1日あたり1万円という話を耳にする)。

長期入院を増やすことは合併症を増やすことに繋がり、余計な医療費を増加させる。
そして患者本人にとって最も大事な部分のQOLを喪失しかねないのだ。

そのためには誤嚥性肺炎の知識だけでなく、コンディションそのものを考慮した全身的な評価が望まれる。
嚥下障害は全身病という意識が大事なのである。
正しい嚥下評価、チームカンファレンスの下、患者個々のバックグラウンドが考慮された提言を私たちSTは目指すべきである。

胃瘻は決して悪いものではないので、食べられる可能性がある患者には積極的に提言すべきである。
一方、STの評価が患者の人生を変える可能性もあるだけに、科学的な根拠をもって立ち回る必要がある。

私たちは科学者なのだから。

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