横浜嚥下研究会

気管カニューレ抜去困難症とみられる2症例の報告

気管カニューレ抜去困難症は皆様ご存知でしょうか?先日初めてそれらしいものを経験したので今回ご報告させて頂きたいと思います。

☆本報告には一切の利益相反はありません

【気管カニューレ抜去困難症】

気管切開が行われた原因が解決され、気管カニューレ抜去可能な状況にも関わらず、何らかの原因でカニューレ抜去が出来ない状況をいう。典型的なものは器質的トラブルであり、喉頭および気管狭窄(例えば輪状軟骨の損傷、感染、肉芽形成、瘢痕によるもの)が挙げられる。それ以外にはカニューレ抜去という行為がメンタル面に強く影響し、呼吸苦となるケースも存在する。

【今回経験した症例】

症例①40代男性(入院時)

脳出血、右不全麻痺、全般的精神機能低下、非流暢性失語あり、ほぼ寝たきり、やせ型、胃瘻管理、経口一切なし、気管切開の理由は脳出血時の呼吸管理目的、気管カニューレはカフ付き単管のため発声困難、痰量多く頻回な気切からの吸引を要しサイドチューブより分泌物が多量に引ける、気管切開孔周囲に肉芽多数あり、呼吸RR18-20回、Sat98%、嚥下反射は確認したが回数は少ない(RSST1回)、DSS1、A penetration aspiration scale8、藤島グレード2、前医での摂食レベル1、既往は誤嚥性肺炎

経過)

入院時はほぼ寝たきり、気管カニューレ管理、胃瘻管理といった状態であった。年齢は若く、意識清明だったが、原疾患のCVAと非流暢性失語の影響からかリハビリへの意欲は乏しかった。状況判断も今ひとつであり、精神機能全般の低下が窺えた。入院後は運動リハ、嚥下リハとVFを繰り返し、さらには耳鼻咽喉科医による気切評価(気管切開孔周囲の肉芽多数、内腔は肉芽少ないが処置中はすぐに気管切開孔が閉まってきてしまうので中鼻鏡使用、高位気管切開否定)とカニューレ変更および肉芽処置を数ヶ月継続した。離床も積極的になり、それに合わせ精神機能の改善も認められた。その後気管カニューレ(スピーチカニューレ)を抜去し、経口も自力3食常食、車椅子自走となり誰もがハッピーエンドと思っていた。しかし1カ月後に呼吸不全出現(Sat80%-83%)。気管支鏡にて下気道狭窄を確認し、転院となった。その後戻って来られたが、再度気管切開管理になっている(単管カニューレ装用)。患者本人は気管カニューレ周囲を触れられるのを異常なくらい嫌うようになってしまった。
現在は、DSS4、A penetration aspiration scale4、藤島グレード8、摂食レベル8という嚥下状況である。

症例②70代男性

脳出血、両側不全麻痺、全般的精神機能低下、非流暢性失語あり、車椅子中心の生活(ADLはほぼ全介助)、中肉中背、NG tube管理、経口は前医にてゼリー(日摂嚥リハ分類0j)、気管切開の理由は脳出血時の呼吸管理目的、カフ付きスピーチカニューレ(気管切開孔周囲はわずかな肉芽、スピーチバルブを外して内腔を確認すると両側側溝より肉芽が顔を覗かせていた)、痰量多く頻回な気切からの吸引を要しサイドチューブより分泌物が多量に引ける、呼吸RR20-24回、Sat96-98%、嚥下)
嚥下反射は確認したが30分で数回のレベルでありほぼ惹起しない(RSST0回)、数少ない嚥下惹起後の下咽頭
は多量の分泌物が残留をしており高度咽頭クリアランス低下を認めた、DSS1、A penetration aspiration scale8、藤島グレード2、前医での摂食レベル4、既往は繰り返すCVA、DM、誤嚥性肺炎

経過)

入院時から車椅子で生活していたが、頻回な痰の吸引を認めた。入院時より気管切開孔周囲および内腔に肉芽を確認したので耳鼻咽喉科依頼し、気切評価(内腔は側溝の位置を中心とした肉芽形成、気管切開孔は処置中すぐに閉まってきてしまうので中鼻鏡使用、高位気管切開あり)と肉芽処置を行った。また、状況に合わせたカニューレの選定をその都度行った。それに合わせ運動リハ、嚥下リハを並行し、気管カニューレ抜去を目指した訓練を連日行った。スピーチカニューレへ変更し、これからという時期に異常呼吸音出現。Sat低下はないものの、スピーチカニューレ内腔は大人の小指の爪に近いサイズの肉芽が占拠しており、10Fr.吸引カテーテルも入らない状態であった。緊急性が高いと判断し、耳鼻咽喉科依頼にて事無きを得たが、今後気管カニューレを抜くのは相当なリスクと慎重さが求められるという見解になった。現在はカフなし単管で対応しているものの、カニューレ先端部が狭窄しかけており、転院予定。
現在は、DSS2、A penetration aspiration scale6、藤島グレード3、摂食レベル2という嚥下状況である。

考察)

今回経験した症例①②は気管カニューレ抜去困難症の可能性があり、経過を含め考察を加えさせて頂く。
症例①は入院時はほとんど寝たきりに近い状態であったが、経過が進むにつれ活動性が大きく向上し、嚥下機能も改善している。最終的には車椅子を自走しても全く呼吸に問題を抱えなくなったので気管カニューレ抜去に至ったものの、1ヶ月後再気管切開という結果になっている。
症例②は入院時から肉芽が内腔に少し発生していたものの順調に肉芽の処置を進めている。その後ADLと嚥下機能が改善をし始め、スピーチカニューレに辿り着いてからのトラブルである。両者ともに気管切開周辺部の狭窄を認め、気管カニューレ抜去困難症だと考えられる。

次に症例①②ともにスピーチカニューレ、ADL改善、嚥下機能改善が共通している。スピーチカニューレに変更することで音声の回復が得られる反面、側溝が肉芽を誘発し易いことを梅崎[1]が説明している。また、ADL改善、嚥下機能改善と肉芽形成の因果関係は、運動能改善がスピーチカニューレによる内腔接触の回数を増やすことが原因と考えられる。これはスピーチカニューレ装用では仕方のないトラブルなのだろうが、気管カニューレサイズが合っていない可能性も否定出来ず、見直しが必要といえる。

実際の対応としては a.吸引カテーテルで側溝から気管後壁を突っつかないようにカニューレの構造を理解すること b.実際の吸引技術を磨くこと c.バルブを外して内腔を観察する毎日の地味な作業を継続すること e.気管切開が施行された原因が取り除かれ次第、出来るだけ早く気管カニューレを抜去すること。これらが肉芽形成のトラブルを防ぐ手段だと考える。尚、それでも肉芽が同一部位に繰り返し発生する場合はカニューレ変更もしくは側溝の位置を変えるのが手であるが、耳鼻咽喉科医が不在の施設では一時的に単管カニューレで凌ぐのがbetterと思われる。

その他、年齢が若いというのも肉芽増殖には影響を与えているのかもしれず、古賀[2]の小児における気管切開症例の報告では成人に比べトラブル率が高い印象を受ける(これも運動由来の肉芽形成が一番の原因だろうが、小児は経験したことがないので推測である)。

今回、1例は高位気管切開だったので先行研究を見直すと、気管切開の後遺症において本多[3・4]は246例中15例(6.1%)に内腔狭窄を認め、そのうち2例に気管カニューレ抜去3カ月後の呼吸不全があったと報告している。また、第1気管輪cutもしくは輪状軟骨損傷が内腔狭窄のリスクになるとも述べている。島らは[5]気管内肉芽除去について報告しており、内視鏡を用いて徹底的に除去すること、繰り返す場合は経皮的処置を行うこと、さらには輪状甲状間膜切開を避けること、再発することもあるのでカニューレ抜去後3カ月は注意することと述べている。稲見ら[6]は高位気管切開と縦切開を避け、カニューレの挿入や交換が容易な開窓弁状法を推奨している。日本神経学会[7]によるとカニューレ抜去困難症は高位気管切開の80%に発生すると述べている。やはり、高位気管切開はトラブル率が高いことが伺える。

以上より、臨床では気管切開患者の気切位置を入院時から確認する必要があり、(気管切開に慣れていないと評価は難しいかもしれない)仮に高位気管切開の場合は、本来なら先行研究の内容を家族へアナウンスすることが望ましい。ただし、闇雲にすべてをアナウンスしてしまうと前医を批判することに繋がり、最終的には自らの首を絞めることにも繋がりかねない諸刃の剣となり得る。正直どうすべきかは管理人のレベルではわからないので棚上げさせて頂く。

その他関連するものとして、福田ら[8]は長期気管切開では後輪状披裂筋の吸気性活動(声帯の開大)が制限されることを基礎研究にて報告し、気管カニューレ抜去には徐々に気切孔を狭めて気道抵抗を上げていくことが望ましいのではと説明している。しかし、自験例では気切孔を小さくされて(カニューレサイズをダウン)転院して来た症例が肉芽トラブルで再度拡大という結末を数列経験している。小さくすること=抜去の図式には疑問が残る。一般的な臨床では、テープによる気切部閉鎖がお手軽で効果も高い方法だといえる。

今回の経験から気管切開閉鎖を求める場合、スピーチカニューレからの気管カニューレ抜去よりはレティナを経由した方がより経過が観察出来る点でトラブルは低いと考えられる。しかし、リハビリ病院でレティナはなかなか受け入れが悪く、今後も普及していくのかは懐疑的である。また、耳鼻咽喉科医の指導を常時仰げない場合、臨床経過のみで気管カニューレ抜去を行うのは非常にリスクを伴ってしまうことがわかった。気管カニューレ抜去前には十分な説明を患者および家族にし、出来れば耳鼻咽喉科医のいる施設へ送るのが望ましい。しかしこれが難しい場合は、気管カニューレ抜去後に気管切開部をフォーカスした側面x-pやCTによる気管内評価を行ない、抜去当日24時間の観察(気道浮腫の可能性)や最低3ヶ月のフォローアップ(肉芽形成による呼吸苦の観察)をするのがbetterだろう。

【まとめ】

今回、気管カニューレ抜去困難症だと思われる2症例を経験した。両者ともに気管切開の原因となった問題は取り除かれたが、気管内狭窄による呼吸のトラブルを抱えてしまった。全般的な身体機能の改善に伴いスピーチカニューレへ変更するのは当然だが、肉芽形成の問題を常に意識しておかなければいけない。また、常時耳鼻咽喉科医の指導が仰げない場合、気管カニューレ抜去には相当な慎重さを要することがわかった。

引用文献

[1]気管カニューレの種類と使い分け
http://www.kokenmpc.co.jp/contact/leaflet/

[2]小児の気管切開の最近の傾向
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbes1950/36/2/36_2_161/_pdf

[3]気管切開の後遺症
https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo1958/12/4/12_4_279/_pdf

4]気管切開に伴う諸問題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo1958/11/6/11_6_539/_pdf

[5]気管切開後の気管内肉芽形成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbes1950/30/1/30_1_23/_pdf

[6]示唆に富んだ気管切開合併症
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbes1950/37/1/37_1_49/_pdf

[7]日本神経学会 呼吸管理
http://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/als2013_07.pdf

[8]カニューレ抜去困難症に対する一考察
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbes1950/27/5/27_5_350/_pdf

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