横浜嚥下研究会

窒息症例を経験しました

STとして嚥下障害を見続けて参りましたが、窒息症例に遭遇したことは一度もありません。このまま一生遭遇せずに引退出来れば良かったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。今日は私が経験した症例についてご紹介いたします。 

症例

・年代 : 80代 

・性別 : 女性 

・入院目的 : 骨折後加療 

・併存症 : 認知症 

・ADL : 近位見守り 

・歯牙 : 総義歯 

・食事提供場所 : 食堂 

・時間帯 : 昼食時 

・食事形態 : 常食一口大 

・水分 : トロミ無し 

それはあるお昼の出来事

こちらの女性はSTに依頼が出ていませんでした。ある日の昼、いつも通り昼食の評価で病棟へ行きました。普段はディルームは若手ST、病室は私だったのですが、その日はたまたまディルーム担当が私になりました。 食事提供され、10分ほどしたところでしょうか、1人の女性が「カハッ」と咳払いをして立ち上がりました。ふと目を配ると、何か様子が変です。首のあたりに手を回し、苦しそうにしているのです。その瞬間、脳裏によぎったのは窒息でした。まさか!と思い、近寄り「声出る?」と聞くとそれどころでは無い状況。全く声が出ません。一瞬にして青ざめました。教科書でしかみたことのないホンモノのチョークサイン!ST人生初めての窒息です。しかも声が出ないって、完全閉塞⁉︎レベル1の村人がドラゴンに遭遇したような緊急事態。村人は祈ります、誰か~!…

ドクターという名の勇者到着まで数分間耐えられるのでしょうか。 

ピンチ!耐えられるのかオレ

ここからはドラクエ風の茶番にお付き合いください。 

最初に村人が行った行動は、ヘルプミー(仲間を呼びます)。そして、次なる行動は、ドラゴンを観察!(口腔内を覗きました)。見える範囲では何もありません。「どーしよ、どーしよ、はわわ…」。 

次に浮かんだ行動は背中を叩く!村人の攻撃。ティレ♪ミス!ダメージを与えられない。

うお!、マジか効果ねーんかい!もう一回!どうだー。ティレ♪ミス!ダメージを与えられない。

村人「…」 

じゃあ次はこれだ。ディラリラリラ♪村人はハイムリック法を唱えた。シーン… 

いきなり本番で出来る訳ないし(汗)ああ、普段から練習しとくんだった(泣) 

人生で経験したことのない焦りと不安が村人を襲います。でも時間は待ってくれません。 

こうなったらアレをやるしか無い。最終奥義「用手的解除」を! 

用手的解除」とは!窒息界に伝わる伝説的奥義。口の中に手を突っ込んで上気道を閉塞させている異物を取り除く技です。閉塞物を更に押し込む可能性も指摘され、更に術者も手を噛まれる危険性を伴います。でも一刻を争う事態にそんなことは言ってられません。意を決し「えいっ」と手を突っ込み中咽頭以下の異物を探します。(この時は気付かなかったのですが、義歯が入ってなかったのです)人差し指と中指を思いっきり伸ばした先に丸みを帯び、ツルっとしたものが触れました。「ここだ!」と場所を特定しましたが、全くビクともしません、「なんて、ヤツだ」。それでも村人は諦めません。何度も指先を伸ばして異物に攻撃を仕掛けます。そして、その瞬間が訪れました♪ 

ついに・・・

村人の攻撃!会心の一撃!指先に引っかかった丸みを帯びた異物が少しズレました。 

「ガハッ」という音に合わせ、何かが口の中から飛び出してきました。ドラゴンの正体は三日月型一口大のカブだったのです。これが喉頭を閉塞させていたのでしょう。 

「あー、ぜぇっぜぇ、あー、苦しかったよー」と涙ながらに訴えています。そのタイミングで勇者(ドクター)が現れて後をお願いしました。その時間として2分無かったぐらいでしょうか。ST人生で最もピンチで貴重な経験でした。

その翌日にVEを実施し、兵頭スコア4点、器質的にも、機能的にも問題はありませんでした。経過としても順調で、その後ご家族に嚥下指導を行いご自宅へ退院されていきました。

後日に主治医とこの件について話したところ、義歯を未装着だったことがわかりました(つけ忘れ)。そう言われると確かに手を突っ込むことが出来たのも義歯が無く、無歯顎だったからです。自歯だったら手が入らなかったと思いますし、仮に入ったとしても噛まれてしまい、先には進めなかったでしょう。

検証

ここからは、検証していきます。今回は「義歯未装着による認知症患者の窒息」です。認知症があるので義歯の管理は病棟ですが、この時は未装着でした。この未装着における窒息事例を調べてみたところ、かなりの報告があります。その中でも平成20年の科研費「食品による窒息の要因分析-ヒト側の要因と食品のリスク度-」において歯科の菊谷先生は①認知機能低下②食の自立③臼歯部咬合喪失を独立した危険因子として挙げています。本症例は①②③すべてが当てはまりました。

カルテを見ると、今回の骨折前から自宅で落ち着かないことが書かれており、入院後に不穏は加速したそうです。そのため、リスペリドン(抗精神病薬)が処方されていました。ナースに確認すると、内服が始まってから日中ウトウトするようになったそうです。食事場面がそうであったかはわかりませんが、窒息の原因の一つとして薬剤による意識レベルの低下や嚥下障害があるかもしれません。先行研究では、リスペリドンによる嚥下障害の発生が報告されていました。[1][2] 

次に食事再開されてから評価に入りましたが、食事中に問題がありました。それは、かき込み、詰め込みです。嚥下障害の世界において、高次脳の問題(先行期)は医療介護従事者のアタマを悩ませます。今回確認された注意障害の中でも「ペーシング障害」にあたる、かき込み、詰め込みは窒息のリスクになります。先行研究においても似たような内容が述べられていました[3][4] 

このかき込み、詰め込みを私なりに考えてみます。自分の処理出来るキャパを超えて、次から次へと口腔内へ食物を入れていくため、咀嚼が不十分な食塊が頻回に存在します。そして、時に自分のタイミング以外で食塊が下咽頭へ落ちます。この時に運悪く喉頭を塞ぐような状況が生み出されたものと考えます。

この方を後日VEで評価したところ、喉頭蓋が平型でした。平型喉頭蓋はその形状により、食塊が喉頭蓋谷でワンクッションしにくく、ダイレクトに喉頭腔へ向かう様子が健常者でも見受けられることがあります。一瞬「え?」と不安になる画づらですが、喉頭のSensoryを司る上喉頭神経は鋭敏です。直ぐに嚥下反射で喉頭閉鎖をしますので普通問題は起きません。可能性としては薄いですが、喉頭蓋の形状も影響したのかもしれません。

窒息と原因食品

一口あたりの窒息事故頻度を検索してみますと下記のようになっていました[5]今回私が経験したカブも検索してみましたがヒットしません。報告がないだけなのか、それとも珍しいのかはわかりません。

1位 餅

2位 ミニカップゼリー

3位 あめ類

4位 こんにゃく入りミニカップゼリー

5位 パン

6位 肉類

7位 魚介類

8位 果実類

9位 米飯類

普段から対策しておいた方がいいもの

・ディルームに吸引設備の設置

・窒息のシュミレーション

・食事介助の教育(臨床では自分勝手な介助が散見されます。介助誤嚥を作っていると考えますので)

・設備がない施設やディサービス、ディケアといった領域では市販掃除機に装着するタイプも手段の一つかもしれませんので調べてみました(アマゾンに出ていましたが、使ったことがないので当会が推奨するものではありません。各自の責任でお願いします)

最後までお付き合いいただきありがとうございました。これを読まれた方の一助になれば幸いです。

(記事担当:よこはま港南台地域包括ケア病院 ST粉川将治)

<引用>

[1]非定型抗精神病薬が嚥下機能に与える影響

[2]薬剤と嚥下障害 

[3]嚥下障害のリハビリテーション〜高次脳機能障害合併例〜 

[4]高次脳機能障害と摂食嚥下障害 

[5]食品による窒息事故についてのリスク評価

こちらの記事もご覧ください

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